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2010年10月25日 (月)

学びとはお互いの共通認識をつくっていくこと@江戸川総合人生大学の2回目の授業にて

2010年10月22日は江戸川総合人生大学の7期生(1年生)の2回目の授業でした。

2回目はオリエンテーションで、前半は、「いろいろなまちづくり活動を知ろう」というテーマで講義をしました。受講生には講義を聞きながらポストイットに質問を書いてもらいます。後半はそれをもとに、「ミート・ザ・プレス」というワークショップを行いました。

講義の概要は、昨年とほぼ同じなので昨年のブログをご覧下さい。

「ミート・ザ・プレス」の概要についても昨年書いたので、興味があれば昨年のブログをご覧下さい。今回は「ミート・ザ・プレス」で出された質問とそれに対しての私の答えを紹介します。

Q:アメニティやクオリティ・オブ・ライフには客観的な指標はあるか?

A:クオリティ・オブ・ライフなどについては、基礎的な部分は評価の基準が考えられている。しかし、基礎的な部分を超えるところは、快適さや質は人によって様々なので評価の基準があるわけではない。それぞれがよりよい質を求めていくということだと思う。

Q:話の内容が広すぎてよくつかめなかったが、どうしたらいいか?

A:今日は映画の予告編のようなものなので、それぞれの活動に実感が伴わなかったと思う。来週からのフィールドワークが本編だと思ってください。その中から興味のあるものを捜してもらえればいいのでは。

Q:我々のグループでも質問さえ思いつかなかった。なぜ思いつかなかったかというと「まちづくり」がよくわからないから。そこで、まちづくりの着眼点と秘訣は何か?

A:まちづくりの出発点は大きく分けて2つある。反対運動的な場合と、やりたいという思いからの場合。例えば、川が好きだ、居場所をつくりたいなど。これらのまちづくり活動は長ければいいというわけではないが、関わる人たちが何かを達成したいと一致団結して思うことが続ける秘訣ではないか。

Q:活動にはお金がかかると思うが、どうしたらいいか?

A:お金のかかり方は活動によって違う。数百円ずつを出し合っているところもあるし、フィールドワークに行くほっとコミュニティえどがわでは、ほっと館をつくるために1億円を超えるお金を銀行から借りたり、債券を発行したり、自己資金で集めている。何をやりたいかとお金をどう集めるかはセットになっている。

Q:ゴミが問題だと思う。肥料にして戻すことができないのか?

A:生ゴミを堆肥化する活動をしている市民団体はある。一部では行っているが、大きくは広がっていない。家庭ゴミを堆肥とすると何が入っているかわからないということで農家がイヤがる。学校給食など出所が安心な生ゴミの堆肥しか農家は受け入れてくれない。家庭が責任を持ち、農家もそれを受け入れてくれるという関係をつくっていけるといいが。

Q:市民と行政はどんな関係にあるのか?

A:市民団体は行政が手をつけてない新しいことをやるというのが一つ。また、行政は平等・公正を重視するが、市民として平等や公平でないかも知れないけど必要だと思うことをやるというのが一つある。その中で、広くやっていく必要のある取り組みは行政が制度としてやっていくべきだと思っている。

ということで、質問はどれも質が高いですね。答えは粗いですが、言いたいことは伝わったのではないかと思っています。学びとはお互いの共通認識をつくっていくことではないかと改めて感じました。

ということでまち活動の楽しさ・面白さとは

市民活動やまち活動を伝えるのは難しいですが、共通認識をこれからつくっていく新鮮さがあります。

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