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2011年3月20日 (日)

東日本大震災について思いやできることをシェアしました@江戸川総合人生大学

1103181 1103182 東日本大震災で被災され亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に対して心よりお見舞い申し上げます。

2011年3月18日(金)は、江戸川総合人生大学の6期生(午前)、7期生(午後)の授業でした。卒業研究や研究発表に向けてグループ毎に検討するプログラムでしたが、前半は東日本大震災について話し合いました。

江戸川総合人生大学で私が担当している江戸川まちづくり学科では、ワークショップを手法として取り入れてますが、その基本的な考え方の1つは「わかちあい、共有、シェアshare」するというものです。

東日本大震災のように心の痛みやとまどいを覚えているときは、それをみんなに話してシェアし、客観的に見たり、新たな気づきを得たりすることが大事だと思い、プログラムを変更しました。

一人ひとりに「今回の東日本大震災で感じたこと、思ったこと」「自分たちにできること、アイデア」について話してもらいました。ただし、感情について話すのは人によっては辛いので、話しにくい場合はアイデアだけでもいいと伝えました。実際に何人か涙ぐむ方もいらっしゃいました。

私はファシリテーターというワークショップの進行役で、参加者の感情やアイデアを冷静に受け止めることが役割です。例えば「この人は怒っている、その怒りの源は何か」を考えて、当人に「怒りの源」に気づいてもらうための問いかけをし、「どうすれば状況を改善できるか」に考えを向けてもらうように呼びかけます。

今回は自分も悲しみ・戸惑いを感じているので、冷静に進行できるか不安でした。しかし、みなさんが冷静だったので、何とか無事終えることができました。

話の中で興味深かったことがいくつかあります。

1つは、江戸川総合人生大学の学生は60才以上の方が多いので、これまで何らかの大規模災害にあっていて、その経験を思い出したという感想が多かったことです。空襲(東京、名古屋、前橋)、原爆、地震(チリ、新潟、奥尻、阪神淡路、中越等)などでした。当時を思い出し、今回の災害を相対的に見たり、経験を役立てたいと語っていました。

70代の女性は「停電とか物不足とかで騒ぎすぎ。戦後はこんなもんじゃなかった」と頼もしく言い放っていました。

これらを聞きながら、まちづくりでは世代間の交流が重要だと思っていましたが、災害の記憶や経験を継承するという点で改めて重要だと思いました。

2つめは、価値観が変わったという意見が多かったことです。「自然と文明」「原発の安全神話」「日本人に対しての感じ方」などです。

実は6期生は昨年の5月に原子力発電をテーマにディベートを行っていました。(人間の懐の深さに気付きました@ワークショップ演習でした)技術者が多いため、ディベートでは原子力発電推進が優勢でしたが、今回の事故で危険性が明らかになったわけです。

自分が今まで信じてきたことが揺さぶられるのは辛い面もありますが、一方で「日本人を誇りに思う」というようなプラス面の価値観の変化もあります。この変化をいい方向に向けていきたいと思っています。

3つめは、「自分たちは何もできない、個人ではできない」と感じている方が多かったことです。特に「若くないのでボランティアに行って直接助けることができない」と何人か語っていました。裏を返せば、現場に駆けつけて何かやりたいと思っているわけです。私もそうですが、何もできないことから感じる無力感やジレンマをみなさん感じていました。

その中で、「できることとしては募金などがあるので、江戸川総合人生大学としてやっていきたい」という声が、何人もから上がっていました。ぜひ、私も協力したいと思っています。

ということで、まち活動について思ったことは

津波に遭った地域では、毎年、津波に対する避難訓練をやっていたにも関わらず亡くなられた方々がいると聞いています。それを聞くとまち活動の無力さを感じることもあります。一方で、地域のつながりで救われた命も多くあります。やはり、地域での活動は重要であるし、被災された方々が地域のつながりを維持しつつ、生活を再建できるように、できることをやっていきたいと思っています。

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コメント

みんなが計画停電に耐えているのに、新橋演舞場だけは、震災後も上演しています。
国立劇場、明治座、帝劇など休演しているのに。大量の電力消費を昼の部夜の部ともに、娯楽の為にしているのです。舞台の大量のライト、全館暖房し、着物をきてチャラチャラでかける、おばさまのお遊びにために、休まず、今も上演しています。
とても許しがたい事実です。

投稿: ヒデアキ | 2011年3月23日 (水) 13時57分

コメントありがとうございました。
震災後「喪に服す」とはどういうことかを考えています。あまりにも大きな被害があったため、身内に亡くなった人がいなくても喪に服したい、具体的には49日ぐらいまでは社交的なことは控えたいと考えている人も多いと思います。私もひっそりと過ごしたいという気持ちを持っています。
一方で、喪に服すことは、その間に気持ちを整理するという面もあると思います。初七日などは上記ブログのように、集まって感情や考えをシェアする昔ながらのやり方だったのでしょう。また、会食などのエンターテイメントも気持ちを和らげる一つの手段だと思います。
新橋演舞場についても、ある人達にとっては気持ちを和らげることになっているのではないでしょうか。電力消費も気を使っているとは思いますが、節電はしてほしいですね。

野田秀樹さんの「劇場の灯を消してはいけない」という文章も考えを整理するのに役立ちました。
http://www.nodamap.com/site/news/206

それでは。

投稿: 佐谷 和江 | 2011年3月23日 (水) 19時04分

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