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2011年4月18日 (月)

データが十分あればフィールドワークは必要ないか?@江戸川総合人生大学の研究発表の中間報告

2011年4月15日(金)は、江戸川総合人生大学の 江戸川まちづくり学科7期生の授業でした。今回はグループ研究+発表である「手づくり江戸川講座」の中間報告をやりました。場所はしのざき文化プラザでした。

7期生は4つのグループにわかれて以下のようなテーマで調査をしています。
・葛西地区の魅力の原点を探る
・川辺の野鳥や鳥の観察を通じて自然環境の実態を把握する
・船堀地区周辺の橋にまつわる歴史や文化などを調査し、未来について考える
・街の中の面白い風景を探り楽しい街づくりに寄与する

それぞれ10分程度で発表し、5分程度で意見交換しました。

この中で「文献調査でかなり実態はわかる。一方、フィールドワークは限られた時点だけなので、実態に即してない場合がある」という意見がありました。

確かに既にフィールドワーク(現地調査)が十分行われている事柄は、その結果の文献を調べた方が自分たちでやるよりは客観的に実態を把握することができると思います。

それでは、フィールドワークは必要ないでしょうか?そうとは思いません。理由としては、一つには五感で感じることにより文献ではわからないことや深い認識を得られるからです。市民による調査はデータとしては不十分かもしれませんが、データを超える認識・記憶を一人でも多くの人が持つことによって活動につながると思っています。

また、自然や社会の状況は日々変わっているので文献になっている網羅的な調査が必ずしも今も同じではないからです

状況が日々変わっていることに気づき、市民による調査を始めた例として有名なのは「福井県大野の水を考える会」です。昭和40年代に地下水の減少に気づき、その要因を調査し、その結果が行政を動かして地下水保全条例ができました。その後の活動も含めた「よみがえれ生命の水—地下水をめぐる住民運動25年の記録」は、すぐれた市民活動の成果と言えます。

さらにフィールドワークの必要性についていうと「文献調査より楽しい」ということがあります。楽しくないと続かないですからね。

ということで、まち活動の楽しさ・面白さとは

フィールドワークの意味や楽しさを改めて感じることです。

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